印傳(印伝)とは

印傳(印伝)の由来

印傳の文様

印伝には様々な種類の模様があります

 印傳とは、鹿のなめし皮に模様の型紙を使って漆を捺染したものであり、それが印度(インド)より伝わってきたといわれている。
しかしインドより伝わったという事実はないと、私(南浦太市郎)は考えている。インドにおいて、仮称「印傳」が、過去にも現在にも、残っているという事実はないように思うからだ。

 この「印傳」といわれるものは、もともと日本で生まれたものではないだろうか。なぜならば、鹿皮はもともと古来より日本のどの地域でも手に入れることが出来た。また、その皮質は非常に柔らかくて軽く加工もしやすい上に耐久性にも富んでいるので、武具・甲冑などによく使われた素材であるからだ。

 ではなぜ「印傳」なる言葉が使われたか?この疑問にぶち当たる。

 まずじっくりこの漢字を見てほしい。「印」はインドの「印」ではなく、印刷の「印」である。では何に印刷したのかというと、現在では紙に決まっているが、紙が発明される前は、おそらく、粘土板や木に書かれていた。しかし、粘土板は割れるし、木はくさる。では鹿皮はくさらないのか。いや、そのままの皮ではくさるが、なめせばくさらない。

 この時代にどのようにしてなめしたか。自分自身の体の一部で自分の皮をなめしたのである。つまり、自分の脳で。つい最近までは鹿皮は牛の脳でなめしていた。だから、自分の脳でなめすことが、偶然起こったのではないか。そして、その鹿の繊維を使って紙にすきあげ、その紙に文字を印刷したのではないか。だから、今でも、紙漉(かみすき)の隙は「サンズイ辺に鹿」と書く。つまり、鹿の皮の繊維を、水にほぐし紙のようにすきあげたのだ。普通の紙すきは、みつまたこうぞの繊維に、のりをまぜるが、鹿皮もニベという天然ののり成分を持っているのである。

 このような事から推論ではあるが、鹿が死に、その皮は、自分の脳でなめされ、くさらなくなり、皮が分解して、ニベ成分と合体して紙状のものが偶然発見され、その鹿皮で作った、紙状のものに、文字を印刷したものが、シルクロードを通って奈良に伝わったのではないか。だから、鹿皮を使うことをひっかけて、印傳なる、呼称にしたのかもわからない。

印傳工房 南都 〒633-2226 奈良県宇陀市菟田野区古市場432 TEL:0745-84-3766 FAX:0745-84-4107